
26歳
現在 東京芸術大学美術研究科絵画専攻日本画修士2年在籍 第3研究室
私が考える日本画は、自分以外の人達とつながるためのコミュニケーションツールだと思っています。
昨日話をさせていただいた時に、素材の綺麗さなどを例にあげましたが、私にとっては昔の絵の具と今の絵の具が違うとか、本物・偽物とかは問題ではなく、岩の粒子や膠での接着、和紙に描く事などがアクリルなどには、到底表現できない余韻めいたものを表すのに適していると今の段階では思っているから使用しているだけなのです。
そこで、コミュニケーションを考えた時、例えば日本人が日本語を自然と習得し、さらに必要とあれば英語やドイツ語などを学びなおす。
そうやってコミュニケーションの幅を広げる。それと似ていまして、日本画は自分が幼少期から沢山の事を学んでいくうちに、それこそ拒む理由が無いがために自然とその道に入っていきました。(=だから好きと言える)ただそれだけでは、ツールとして不足している事も分かっています。
そこで、色々な媒体(ファションやインテリアなど)に自分の中で磨き上げた日本画の概念を反映させていきたいと思っているのです。
なので、日本画にこだわる事に対して特別で明確で誰もが納得する理由がある訳ではないのです。ただ26年間の中で沢山の選択肢があり、そこから自分が自然と日本画をチョイスした事は大きな意味を持っていると思っています。それは現段階で、私の作品を見て感動してもらえたり、批判してもらえたりする事によってその相手とコミュニケーションができているからです。
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25歳
2004年 取手松陽高等学校美術科 卒業
2010年 多摩美術大学絵画学科日本画専攻 卒業
現在 日本デザイナー学院Ⅱ部グラフィックデザイナー科 在籍中
恥ずかしながら日本画に対しての知識が浅いため、学問的なことを私の方から述べることはできませんが、
日本といえども日本画について知る人が少ないということは、強く感じています。
*日本画という概念をどう扱うかについてはまた1つの問題になりますが、ここでは膠絵とし、進めさせていただきます。
美術大学の友人の中にいる時はあまり感じませんでしたが、そうではない別の分野の方々とお話させていただく時に、日本画はどんなものかよくわからないし、見たことがないと言われてしまうことが多く、少しさみしいです。
確かに学生であってもきちんと説明できる人は少数かと思います。
ただ、一般に日本画というと、水墨画という認識が強いようで、知ってるという方がいらっしゃっても、「教科書に載ってるあれでしょ」と言われてしまします。
確かにどういう絵柄かを知っている人はたくさんいらっしゃるかと思います。
でも、あのきれいな色や、独特の絵具の質は実際に見た人にしか分からないです。
説明を求められ、言葉でそれらを表現するにはどうしたらいいのか、そういうときに人にうまく伝えることができないので、すごくイヤです。
私の場合は、高校で美術科という美術の授業の多い学科に通っていたため、比較的早いうちに日本画を描いている先生と出会い、実際に見たり触れたりする機会をもつことができました。
しかし確かにそれまでの小、中学校の美術の時間の中では、日本画という存在自体全く知りませんでしたし、見たことがありませんでした。
はじめて日本画の色に触れたとき、こんなにも美しいものがあるんだとどきどきしたことを鮮明に覚えています。
私は、もっと多くの人に日本画の絵の具の美しさや和紙の柔らかな感じや、作業のひとつひとつに触れてもらえたらいいなと思います。
そのためにも作る側の人間は、もっと素材について学び、それを生かした表現を探していかないといけないのかもしれないと感じています。
![]() 存在 |
![]() ふたり |
![]() おばあちゃん |

24歳
1985年 愛知県生まれ
2006年 東京芸術大学美術学部 絵画科日本画 入学
2010年 同大学卒業
2007~2009年 萋萋展
2010年 前田青邨記念大賞展 入選
現在の日本画の定義に対して自分の考えに対しずれが生じている点も多いが第三者にわかりやすく伝えるため日本画という言葉を使っている。
日本画とは、近年多く見られる雲肌麻紙に岩絵の具を厚塗りしパネルに張り込み西洋建築の家の壁にかけるものではなく(現在の日本画というのはこの様な作品をさす可能性もある)、薄い紙に裏打ちをおこない、その紙が破れたり、絵の具が剥落しない程度に支持体や絵の具の性質を理解し彩色をおこなうもの(かなり偏りはあるが現在の自分の解釈はこのようなものである)例えるならば古民家などで見られる襖や掛け軸の作品がそうである。
これらにおいては日本画を描く上での行程もその後の作品を飾る上でも日本の風土によく合っている点が見受けられるからである。
形態も日本の生活や四季や湿気、乾燥の急激な差にも対応できる理にかなう面も多く見られる(しかし西洋建築の多くなった今日ではそのような作品は受け入れやすくない、しかし、逆に過去に一度は目にしたことがあるそれらの支持体を今の時代に合うような作品にかえて制作しようと試みている)。
また、使用する材料においてもこだわればこだわるだけその作品の見え方や耐久年数が変わる、安価でおさえようとすればその分年数は短くなる。
現在学生もふくめ多くの作家もパネルの張り込みから額装まで自分でおこなっているため支持体の和紙、裏打ち、膠の濃度、水分量、絵の具などのこだわり(それに比例して値段も上がるが)を持つか持たないかで作品の見え方や耐久年数も変わる。
日本画の特徴である絵の具に対しても海外で見かけられるビビットな色ではなくパステルトーンが多く、日常で見かける新緑や神社、空の色、着物など日常生活で自分で目にしたり、時代劇や教科書や日本の風土を紹介する京都特集などのメディアからの発信によるものから日本画の絵の具に対し魅力を感じやすい。
![]() シロイハナ |
![]() あかい丘 |
![]() アカイモコモコ |

27歳
1983年 千葉県生まれ
2002年 千葉県立船橋東高校卒業
2009年 東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業
幼い頃から、ずっと絵を描いて育って来ました。
絵を描く以外に好きだったり得意だったものが他に無かっただけ、そのようにも言えます。
内向的な私にとって、絵というのは一つの自己表現であり、コミュニケーションのきっかけを作ってくれるものでもありました。
数ある絵画技法の中から日本画を選びましたが、私の描きたい世界に、最も近づけてくれる存在だったと思ったのも一つの理由です。
祖父がもし日本画を描いていなかったとしても、私は日本画科を受験していたと思います。
日本画科を受験するといっても、大学へ入学するまでは、日本画は数回描いたことがある程度。経験は全くのゼロに等しい状態でした。
未知のものに対する憧れのような気持ちで、何も分からないまま日本画の世界に入りました。
そしていざ、日本画というものを一から学んでみると、描くまでにこんなに面倒くさい絵があるものかと、大変なショックを受けました。
これを先生たちは何十年も続けているのかと、不思議でたまりませんでした。
絵を描くのに、こんなに面倒で難しいものはなかなかないと思います。
正直に言えば、私には日本画は向いていないんだと今でも思います。
5年たった今でこそ楽しんで描けるようになりましたが、絵の具には未だに慣れません。
きっと何年たっても難しい事に変わりはないと思うからこそ、続けていきたいと思うのです。
日本画でも、日本画でなくとも、絵を通して人と接する時間は、何事にも代えがたいものです。
この喜びを幼い頃から知ってしまっている私は、この先もその瞬間を求め続けると思います。
![]() 佇む |
![]() 木守柿 |
![]() 想う |

26歳
現在 東京藝術大学 日本画専攻 学部四年
日本画科を目指して美大に入ってくる多くの学生が日本画を描いた事が無い、さらには日本画自体をよく知らないで入ってくる人がその大半をしめている。
つまり、日本画科に所属して初めてそれに触れるのだ。日本画を書く側がこれでは日本画にあまり接点の無い人たちは日本画がわからなくて当然とも思う。
これは、日本画に限る事ではないが日本は学校教育で美術を軽んじている節がある。美術は本来自分を打ち出す事の出来る唯一と言っていいほどのものなのに知識得て、学ぶ場所で美術がその扱いでは自分の意志、想いを伝えるというその行為自体が弱い人間を育てていることに繋がっているのだと思う。
そして、その中でも美術に興味があった者が美大受験に望む訳だがこのような粗末な教育環境で培われた物では日本画を全く知らないのは当然だし、いざ入って来ても作品で想いを伝える事を学んで来られなかった者は技法や画力だけが伸びてしまう。技法や画力は描いて行けば身に付くがその土台となる意識はわかりやすいカタチとなって出てこないのでなかなかしっかりとなった物になりにくい。
日本画はその中でもかなり曖昧な位置づけとなっているので自分がなぜ日本画を描くのかの意志なり理由がはっきりさせないと日本画は今のままと変わらないと思う。
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24歳
1985年 埼玉県生まれ
2004年 埼玉県立所沢北高等学校卒業
2009年 東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻 卒業
現在 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻2年次在籍
【日本画とは何か?】
本来の定義:明治以前の日本独自の絵画の技法や思想を継承した絵画
現代の解釈:日本画材を使って描かれた絵画
なぜこう変化してしまったのか?
その要因は、現代アートの出現、社会や環境の西洋様式化、情報化社会、そして表現の自由という甘い罠。
明治時代以降、洋画の浸透によって日本独自の絵画の存在が危ぶまれ、日本の絵師たちはそれを日本画として国の名を背負い、その伝統や技法、思想や表現を守り、発展し、継承しようとした。
しかし今日の日本画家(または学生)にはその意識はあるのだろうか?
日本画材を扱っている、という最低ラインを守るだけでほんとうにすばらしい作品が生まれるのだろうか?
ほんとうの意味の日本の絵、“日本画”となりうるのだろうか?
“日本画”を名乗る以上、“日本画とは何なのか?”を考えることが今日の日本画家には必要に思う。
【自身の思う日本画】
単純に日本画の質感、素材に関して好きである。
特にここ最近自身の日本画の制作において思っていることは、
“日本らしさ”。
それは、いわゆる昔の日本画っぽいとか、和風っぽいとか、そういうことではなく、自分が日本人なんだ、という自覚とともに、自身の思う日本人的な発想・着眼点・感覚を再考し、それを強みとして表現すること。
その発見には、何より明治時代以前の日本の絵画から学ぶのが一番である。
そこは、まだ西洋の概念の入っていない純粋な日本人(東洋人)の絵画なのだから。
私はそこに、現代において日本画というものの、何者にも侵されない場所を築くヒントがあるように思う。
もちろん、まだ勉強中。
![]() 青い景色 1303x1303mm |
![]() 新緑 500x500mm |
![]() 黄壁 500x500mm |

23歳
2005年 聖心女子大学 文学部 中退
2010年 多摩美術大学 美術学部絵画学科日本画専攻 卒業
日本画を四年間専攻して来ました。
ですが未だに日本画とは何かと聞かれてもはっきり答えられないままです。
美大以外の人には“日本画”と言うと、9割方『水墨画のこと?』と聞かれます。
恐らく日本人の大半にとって日本画とは、水墨画や古典絵画の事なのだと思います。
ですが、大学で学ぶ日本画はそうではない。。。
それが何故なのか、今も曖昧なままです。
学生生活の中で友人知人そして私自身の作品を見てきて思っていたのですが、日本画を専攻している人の作品は自省的な作品が多い、という事です。
自分はこう思った。これが好きだ。こんな事を考えている。
それで…終わり。
そんな作品が多いように私は感じました。
洋画の作品の、政治のここに疑問を感じる!これが理想の形である!
といったような他者に訴えかける分かりやすいパワーが全面的にある訳ではなく、またデザインのようにマーケティングで消費者を絞り、
他者の利便性を先行して制作するような潔さもない。
お互いの顔が分かるような世界で、これは綺麗でしょう。わかりますよね?と言い合うような
何だか人も作品も“内輪ウケ”の世界にあるような気がします。
こういうと否定的に聞こえるかも知れませんが、
以心伝心を前提に話が進んでいるような違和感と共に奇妙な安心感も同時に感じます。
過去の日本独自の文化が魅力的であるなら、それは島国であるためにこういった内輪の世界(=排他性?)が作り出したものでは無いでしょうか?
そういった内向きの文化が、洋画の流れを受けて中途半端に目的地もなく外向きに表現していこうとしているから、なんだか正体のつかめない物になってしまっているのかな、、と考えていました。
今後日本画がどうやって生き残っていくのか、あまり想像することができないというのが正直なところなので、そういったお話を伺えるのを楽しみにしています。
![]() 作法の公式 |
夏残 |
ほしをあつめて |

日本画についてはっきり提言するようなことは出来ませんが、日本画の、ある意味原始的な画材や表現技法が、逆に新しい切り口として今後アートの世界に広がっていって欲しいと願っています。
そのため、様々な矛盾の上に成り立っている日本画の現状が気になりますし、今後、その枠組みが変容するようなことがあるのかを考えてしまいます。
![]() 潮騒 2009 |
![]() 狭間 2009 |
![]() かぜ 2006 |

27歳
2006年 多摩美術大学美術学部絵画学科日本画専攻入学
2008年 グループ展「遊美」に参加
2010年 同大学卒業
現在アニメーション制作会社に在籍
美大を受験する時、私が複数の科から日本画を選択したのは、日本画について特別な知識や思い入れがあっての事ではありません。
私が美大を志したのは絵が上手くなりたいと言う気持ちの延長線上でした。美大を志す多くがそうである通り、私は子供の頃から絵が好きな子供で、大学受験を前に、大学で何を学びたいかを考えた時、ただ単純に絵を描く事が好き、ではなく、きちんと学びたいと言う思いがあったからです。そういう動機の私にとって、絵のジャンルにはあまりこだわりがなかった。その上で日本画を選んだ理由は単純に予備校のパンフレットを見て、日本画科の学生が学んでいるデッサンや基礎が、一番私の好みであったからです。そのように不純な動機(私にとっては純粋ですが)で選択をしたので、現在でも、絶対に日本画でなくてはいけない、という思いはありません。
ですが、予備校時代のデッサン同様、日本画で学んだ基礎技術や感性ー描写力や形と線でみせるという方法ーは私が絵を学びたいと正に求めたものだったと、卒業した今感じています。
まるかいてー。 |
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